歴代高柳賞-歴代高柳研究奨励賞

R4年度(2022)高柳研究奨励賞受賞

大多 哲史(おおた さとし)

【 静岡大学学術院工学領域准教授 】

次世代がん診断治療への応用を目指した
生体環境における磁性ナノ粒子の磁化応答解析

磁性ナノ粒子とは、外部磁場への応答を示すベクトル量(磁化)を内部に有するナノ粒子である。磁化応答により磁気信号を生じて発熱する性質から、磁性ナノ粒子を介した腫瘍の位置検出と同時に温熱治療を行う、低侵襲な次世代がん診断治療への実用化が期待されている。申請者は、がん診断治療への磁性ナノ粒子の最適化を目指し、磁化応答の実測に基づく解析に取り組んできた。

従来では磁化応答を交流磁場に対する周期応答として捉える計測が常識であった。対して申請者は、静磁場を印加し始めた瞬間からの過渡的な磁化応答を直接計測する発想をした。一般的に、励磁コイルのインダクタンスにより電子回路のスイッチング速度は遅延する。独自にコイルを含む回路を設計することで、磁化応答を観測可能なナノ秒で定常状態へ高速遷移するパルス励磁システムを構築した。世界初の磁化高速応答の実験的観測と、磁化の定常状態への遷移時間の定量化という成果を得た。複数粒子が集合したマルチコアと呼ばれる粒子構造が、がん診断治療において有効とされている。しかし、その根拠となる詳細な磁化応答は未解明であり、粒子設計の最適化を妨げている。申請者は、マルチコア構造の集合体としての応答とは別に内部コア粒子が個々に応答する可能性を見出した。さらに、粒子自体の物理的回転が交流磁場に対する磁化応答に与える影響を実験的に解明し、僅かな粒子回転が診断治療効果を向上させる可能性を示した。

以上の研究成果を基に、今後は診断治療環境である腫瘍内における状態の多様性が、磁性ナノ粒子の磁化応答に与える影響の解明に取り組む。これは、がん診断治療における磁性ナノ粒子の最適設計に寄与するに留まらず、組織の摘出なしに腫瘍の病理的状態のプロービングを可能とする。腫瘍の位置検出に加えて腫瘍の悪性度合い(浸潤性・転移性)を極めて低侵襲に判別可能な全く新しいがん診断技術開発への展開を見据えている。

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